ホームニュース一覧第581号(2026/3/10発行)支援はブームじゃない!・1
2026.03.12ニッポン上げろ!

第581号(2026/3/10発行)支援はブームじゃない!・1

※この記事は沈下修正の専門家アップコンの社長メルマガ〔ニッポン上げろ!〕のバックナンバーです。
→【メールマガジンの新規登録はこちら】

こんにちは!
コンクリートを上げるからアップコンの松藤です。

明日、3月11日は、
東日本大震災から15年目の日となります。
みなさんは、当時の多くのできごとを思い出すことができますか?
もちろん、
すべてを忘れてしまうこともないでしょうけれど、
人の記憶は年月とともに段々とあいまいになってしまいがちです。

私の場合、
排水溝のどぶ臭いにおいをかいだ時に、
震災後、宮城県内のとある店舗で現地調査をしている風景が
呼び起こされてきます。

それは東日本大震災後、
初めて東北自動車道が部分開通された初日に、
技術スタッフと二人で宮城県内の店舗の床レベル測量と空隙量調査に行くことに
なりました。
もともと、川崎の本社から新潟経由で鶴岡か酒田まで日本海を北上した後に、
現地の状況次第で道を選びながら宮城県へ入ろうとしていたのですから、
移動時間は圧倒的に短縮されました。

とはいえ、部分開通なので片道1車線を
自衛隊の車列に混ざってノロノロ運転での走行です。
時には高速から出されて一般道へ行き、
またノロノロの高速へ戻るということを繰り返しながら、
宿泊先の鳴子温泉まで半日がかりでたどり着くことができました。
震災時、鳴子温泉郷は震度6強という揺れだったようですが、
建物や人的被害はそれほどでもない状態でした。

しかし、ガソリンがなく、物流が止まってしまっているため、
旅館の食事といえども、一汁一菜のような内容でした。
それでも地元のおいしいお米をおなか一杯食べられることが
贅沢なことだと感じたものでした。

風呂も私たちの泊まった旅館は自然に湧き出てくる天然の温泉のため、
汗と疲れを流して翌日の調査に備えて体を休めます。
翌朝、まだ、日が昇る前に旅館を出発しました。
旅館の楽しみと言えば上げ膳据え膳の食事でしょうとは思うのですが、
当時はそのような気持ちは一切湧き起こってきませんでした。
みんな必死に生きています。

現地へ向かう運転中に旅館で作ってもらったおにぎりを頬張ります
私たちの向かう店舗は海岸から2キロほど入ったところです。
しかし、こんなに離れていても津波で店内は壊滅してしまいました。
海側に面しているガラス窓は破壊され、
店内には2名のご遺体があったそうです。

地震後、店内にいた人たちはそれぞれ避難したということなので、
ご遺体は海岸方面から流されて店内へ偶然たどり着いたものだと聞きました。
日が昇り始めるころ、私たちは店舗に到着しました。
そして線香の束を地面に挿し、海側へ向かって黙とうします。

さて、いよいよ調査の開始です。
ところが・・・。
あれほど事前の打ち合わせで
「店舗内のがれきを全部撤去しておいてください。」
と言っていたのに、
店舗内には太ももの高さまでヘドロが積み重なっていました。
そして異様などぶ臭い悪臭で満ちていました。
それは津波が運んできた海底のヘドロでした。
(次号メルマガ、支援はブームじゃない!・2に続く)

カテゴリー